3
自分たちがこれを言うのも微妙といや微妙だったが、
所謂 普遍的な物質や空間のありようからは
まずはあり得なかろうこととしての、
何とも言い難い奇妙な邂逅に唖然呆然としてしまい。
それから…どのくらいの刻が経ったものか。
やがて回収の助っ人、聖封一族の担当班が駆けつけたが、
その頃には、もはや
件のジェット機の残像どころか、問題の物体も全て消え失せていたし、
『ウチの関係者が、
そんな飛行機に乗って移動なんてしませんて。』
まさかとは思ったが、これも一応の念のため。
聖封最強の術者であるサンジが構築した結界を、
既に一部破損していたとはいえ、
触れただけで弾けさせたほどの抗性を生み出せる存在が、
こっち側に居るとは思えずのこと、それでと訊いてみたのだが。
そんなややこしい事情までは当然知らぬだろう、
チーフ格の壮年聖封さんから、
何をまた冗談めかしたことを仰せですかと
余裕から出たジョークとでも思われてか、
困ったお人たちですねという苦笑でもって一笑に付されてしまい。
「…ってことは、だ。」
「言うなっ!」
まだ少々歪みの余波が残る空間の後始末は彼らに任せ、
地上へ降り立ち、とりあえずは日常へ戻ることとした彼らだったものの。
気になるものはしょうがないと
ゾロがついさっきの邂逅を口にしかかったところ、
自分の手で両耳を塞ぎまでして、サンジが何をか否定にかかる。
「あんなのは幻だ、気のせいだ。
考えてもみろ、錯綜障壁だぞ?
こちらの次元の存在には触れることさえ出来ない代物だぞ。」
だってのに、ほいほいと破られてたまるかと、
つまりはそうと言いたいらしいサンジだったのへ、
「…気のせいにしたいなら、それもいいがな。」
人間世界の術師もそうそう馬鹿には出来ぬ、と。
ゾロの側はあくまでも現実的であり。
それが偶然からか意図あっての研究の結実かはともかく、
「俺らの側のすぐ間近、
亜空間までなら道を通せる奴もいなくはなかっただろうがよ。」
「…っ!」
そういや居ましたねぇ、
ルフィさんがゾロの“聖護翅翼”を取り込んだ逸話の折に。
自分でもそれを思い出したものか、
っが〜んっと、いやにドラマチックな構えようで、
自分の両手を見つめるサンジさんなのを。
“浸ってられるならそれも余裕かもな。”
やれやれという吐息をつきつつ肩をすくめて見やったゾロで。
初秋というか残夏というかの、まだまだ暑い昼下がり。
木陰を渡ってくる風は、確かに涼やかなそれだが、
空の色も随分と大人しめになって、
あの鬱陶しいほどの湿気は激減したが。
それでも陽の強さは結構なもので、
直接当たっていると照り焼きになりそうな勢いじゃああり。
どことでもつながっているけれど、彼ら以外には入り込めない特別区、
ちょっとした丘陵地への遊歩道のようだった小道を
ゆるやかな坂に沿って降りてゆけば、
いつの間にか見慣れた住宅街へと続く道へ出る。
すすけたアスファルトに落ちる陰も、
夏のそれに比べれば結構長くなっており。
橙色の花が可憐だった、ノウゼンカヅラの蔓が這う、
陽が当たって白く晒されたブロック塀も、
弾けるようだった目映さより、
乾いて枯れた印象の方が強いような気がして。
「あの機体が帯びていた覇気は、
きっと搭乗者の力によるものだ。」
「だったら、あの女がそうなのかな。」
何てことはない世間話とか、
彼らの職場や たまり場なんぞで話題になってることとか。
そんなレベルのことを装っての会話というテンションで
口にしたつもりだったが、
「おんなっ?!」
「ああ。
何様かってほど威張りくさった態度で、
長々と長椅子に寝そべってた黒い頭の女が、
こっち見えてるみたいな視線を放って来てやがったぞ。」
追加のあれこれを言葉に乗せつつ、
ああしまったかなと気がつくのが遅かったゾロなのは、
だが、先程の邂逅の衝撃のせいというより
これこそ通常運転なので心配はない。
それはサンジにも同じだったようで、
「そ、そそそそれは もしかして妙齢の美人か?
ああいやいや、そんなっ、風貌なんてどうでもいい、
つか、この世にあふれる女性はみんな麗しいに決まっとるんだ、
このクソったれがっ 」
「勝手に興奮して、勝手にケンカ売ってくんじゃねぇよっ 」
不可解なことへと不整合を抱えちまってすっきり出来ねぇのは
何もお前だけじゃねぇんだよ。
ほほほお〜?
お前みたいな神経ザルな奴でも何か感じたとでも言うのかよ?
幸いにして…と言うべきか、
こんな場面へ同座しちゃった、運の悪い通行人はいなかったけれど。
大の大人が、このクソ暑い、もとえ まだまだ残暑厳しい道端で、
おでこ同士がくっつくかというほどの睨み合いになってるなんて、
傍から見ていて これほど気持ちのいい爽やかな風景…なワケはなく。
上着こそないが、それでも
チェック柄のデザインシャツにネクタイ絞めてるサンジと、
存在感あふれる肉体派の彼にはバランスのいい、
重々しいカーゴパンツにざっくり大きめのTシャツは濃い色という
これで聖界の住人なんて嘘でしょうというほど、
なかなか重そう、もとえ重厚な見栄えのお二人が。
まばゆく明るい住宅街の一角で向かい合っての唸り合っておれば、
「……っ。」
くどいようだが、昼下がりの住宅街だ。
一応は舗装された道だし、住人たちが車で出るのに通らぬではないけれど、
そうそう四六時中 車が行き交うという交通量でもないお土地柄。
だというに、道の向こうからゆったりとやって来たのは、
車に詳しくなくとも おやと注意を引いただろう、結構 有名な大型車で。
例えば、遠い正門からがゆるやかなロータリーになっている、
裕福なお宅の玄関前へのアプローチ。
背広姿の運転手が羽根のついたはたきを優雅に操って
ほこりを払っている図が浮かびそうな、
確か リムジンとかいう長くて黒い車体の外国車が。
よくもまあ、ここまでの道にあっただろう幾つもの曲がり角を
その車体でクリア出来たなと、
運転には詳しくない彼らでも
“おおお”と妙に感心しちゃった優雅さでのお出ましで。
この辺りは何とか道の幅はあったので、
そのまま通過するんだろうところまでを やり過ごしての見送るつもりで、
その間は自分たちの側のごちゃごちゃも
しゃーねぇなっ と一時停止させてまでして見やっておれば。
そのまま通過するだろと思われた車体が
ゆるやかになめらかに、彼らの傍らで停車したものだから
それはまるで、
高潔な淑女が優雅に膝をかがめてお辞儀をしたような佇まい。
こういった無機物の所作・見栄えの優雅さも、
自身の品格の一部としておいでなほど高貴な御方が所有であろうか。
もしかして道でも聞きたいんかねと顔を見合わせてから、
再び、初見なリムジンを見やった彼らへ、
「…そこなヤカラ。」
ようよう通る、凛としたお声がかかる。
「え? え? え?」
聖封さんが切れよく左右を見回したくらいで、
今のは間違いなく女性のお声。
それにしても
“ヤカラ? ………ああ、輩か。”
お前たちとか貴様らというのの、一応は風流な言い方のつもりか、
どっちにしたって結構な上つ方から堂々と見下ろされているには違いなく。
そこへとまずは気づきつつ、
“……しょうもねぇ。”
こういうややこしいのに関わり合ってもしょうがないと、
大ぶりな手で緑髪の頭を掻き掻き、
先に行くぞと歩み出し掛かったゾロへ向け、
ひゅっ、と
顔の真ん前、
もしも立ち止まらなかったなら
容赦なくこめかみへ突き立っていたかも知れぬという
それは物騒で絶妙な間合いと迷いのなさで。
鋭く宙を滑空して来た何かが
そのまま、生け垣のサザンカの幹へと突き立つ。
突き刺さる格好で静止したそれは、
籐を巻き付けた柄の部分に白い和紙の細い弊がくくりつけられた、
細くて鋭い“小柄(こづか)”と呼ばれる得物で。
小刀のような形状ではあるが、
どこへでも忍ばせておける、一種の暗器のようなもの。
それが鼻先を通過してのすぐ傍ら、
消防団長の前田さんチの自慢の生け垣に突き刺さったものだから、
「…こちらのお宅へは、お前が謝りに行くんだろうな?」
ご隠居が丹精してなさる名木だぞと暢気な言いようを付け足せば、
「さようか。そちらは のちのち対処しようぞ。」
よく通るそんな声音とともに、
リムジンの、まずは運転席のドアが開くかと思いきや、
向こう側の助手席のドアが開き、
ぱたぱたぱたっという小走りで車体を回って来たのが、
ルフィと同い年くらいだろうか、
目鼻立ちのすっきりした闊達そうな女の子で。
軽快な所作に、肩口へ触れる長さの明るい色合いのくせっ毛を軽やかに揺らし、
こちらへ“えへへぇ”という悪戯っぽい頬笑みを見せつつも。
まずはの御用が先なのか、
反対側にあたる後部座席へのドアへ駆けつけると、
慣れた様子で前まで回ってからドア金具へ手をかけ、
音もさせずにかちゃりと開けて差し上げて。
そのまま軽く頭を下げている辺り、
屈託のない素振りを見せた彼女もまた、ある意味で“従者”の側かと思われる。
そう、
先行していた声だけで
もはや十分すぎるほどの威容を示していた誰か様
まずはと現れたのが、
つややかに磨きあげられた漆黒のハイヒールが
その形のいいつま先をおおっている御々脚で。
それが地についての、だが、
意外なくらいの長さで伸びて伸びて、
やっと見えたスカートの裾だったのは、
片側に深いスリットの入った、そりゃあ妖麗なデザインのそれだったから。
きちんと揃えた御々脚の次には、
やや屈めた上背がするり優雅に車外へと出て来て、
蓮っ葉な色気ではなく、艶麗な色香と呼ぶに相応しい、
根底に健やかささえ同居していそうな、伸びやかな肢体をすっかりと晒す。
オートクチュールのそれだろう、
一応はスーツという仕立ての装いであったが、
ウエストカットという丈で、
前の合わせはタッセルのついた組み紐で
申し訳程度につないで合わさっているだけなジャケットや、
つややかな絹の光沢が品のいい、
染めにも深みのある、高価そうなインナーも含め、
その肢体の描く優美で蠱惑的な曲線を余すことなく晒した
至って艶冶な代物をまとっておいでであり。
“だってのに、お水のおねいさんに見えないところが凄まじいvv”
雄々しいほど張り出した胸乳も
ぎゅうと引き締まったウエストや優美な腰回りも。
高貴な品格が富貴にも添うているがため、
厭らしい方向への淫靡な挑発より、
平伏したくなるよな威容を先行させている。
そしてそして、それらを支配する顔容の、
これまた冴えて凛々しい麗しさよ。
深色の瞳は潤みをおびての悩ましく、
それでいて厳然とした強い光と力みをたたえて頼もしく。
形のいい鼻梁の繊細なラインの双に添う
すべらかな頬は淡雪のように白く。
少し厚みのあって肉惑的な口元は だが、気品と知性に引き締まり、
そんな面差しを縁取る長くて豊かな黒髪の、
瑞々しいつややかさはどうだろう。
どこもかしこもこうまで際立って麗しいと
主張が過ぎての煩くてクドくもなりそうなものだろうに、
それどころか、
さながら女神のような神々しさに満ちておいでの麗人であり、
「……お前、ナミへの忠誠はどうした。」
「うっせぇな。つか、人の心を勝手に読むんじゃねぇ 」
片膝立てての恭しい傅(かしず)きようを見て、
そういう察しがつかんほどボケてねぇだけだ アホ、と。
すっかり魅了されかかっておいでの相棒へ、
きっちり毒づくところも絶好調の破邪様としましては、
「さっきは上で、
そりゃあ面白れぇことをしてくれたよな、あんた。」
去りかかったのを引き留められたその位置で、
やや斜めになっての大向こうを見やるゾロの言いようへ、
「………え?」
ギョッとしたのがサンジなら、
「ほお、ではやはり、
あのようなところへ無粋な立ち往生をしておったは貴様らか。」
いきなり意味不明なことを言い出しおってと怪訝そうになりもせず、
動じるどころか不敵そうに微笑ったお姉様であり。
それはすなわち
こちらの彼らにとっての不審なジェット機に乗っていたのが
この女性だということであり。
そしてそして、あんな空中にて“遭遇”したこと、
あり得ないと取り合わぬどころか、しっかと認めたその上で、
こっちは何の手段も取らぬただの素で、
宙空に危なげなく浮かんでいたことまでも、
この彼女様には把握されていたようであり。
「ようもこのような昼日中に、堂々と迷い出て来たものじゃの。」
…………はい?
指先をどう動かそうと無駄な盛り上がりは浮き上がらぬ、
そんな柔らかな白い手へ、
いつの間にやら取り出されていたのは、
東洋のそれであろう、香木を薄く剥いで繋いだような優美な扇…に見えたが、
さっと開かれると、繋がってなぞいない、刃先もなめらかな小柄の束。
房飾りに見えたのは、細く搓られた弊であり、
「…もしかして彼女さん。」
「ああ。
人にしてこっち側に来る術も知ってる、その筋の人間らしい。」
にやりと笑った破邪殿だったが、
まさかにこうなる展開までも、想定していた彼だったものか。
こちらもまた、精悍な顔へ不敵そうな笑みを浮かべ、
不遜なばかりの斜めな態度なまま、
不審でゴージャスな美姫へとの対峙になだれ込まんという様相へも、
一向に動じずの、むしろ闘志満々なようだった。
BACK/NEXT →
*は、話がややこしくなってゆくばかりでございます。
早くも一触即発な場面でして、
自己紹介さえしないところからして、
互いの素性を誤解し合ってるのが見えまくり。
次はもしかして乱闘の場なのかな?
何が困るって、別のお部屋へと並行して書いてるのが
JUJUさんの歌とか似合いそうな
柄じゃないけど それはそれはピュアなラブコメなので、
頭を切り替えるのがもうもう大変っ!(ホンマにな・笑)

|